
農業の現場では、季節に先んじて動く日々が続きます。
春から夏にかけては、トルコギキョウの定植や田植え、イチジクの管理など、
それぞれの作物が本格的に動き出す時期。
その準備や手入れは、ひとときも気を抜けない仕事です。
自然のリズムにあわせて働くということは、
計画どおりに進まないことを受け入れながら、
今この瞬間にできる最善を積み重ねていくことでもあります。
けれど、だからこそ──
育てた花や果実、お米が誰かの手に届き、
その美しさや香り、味わいで喜んでいただける瞬間が、
何よりの励みになります。
見えないところで積み重ねてきた時間が、
ふと誰かの暮らしを彩る。
その小さな循環が続いていくことを願いながら、
日々、土と向き合っています。
花の栽培

私は、伊那の地で花き栽培に取り組んでいます。
栽培しているのは、トルコギキョウとユーカリ。
それぞれの季節に合わせて、丹念に育て、出荷しています。
トルコギキョウは、毎年およそ2万本を栽培し、8月から10月にかけて最盛期を迎えます。
一つひとつの蕾が花開くその瞬間に、自然の力と向き合ってきた日々の積み重ねを感じます。
ユーカリは、11月から12月にかけて出荷。
香り高く、凛とした佇まいが魅力の植物です。
土に触れ、季節を感じながら、花や木々とともにある暮らしは、
地域の自然や命の営みと深くつながる大切な時間でもあります。
果樹栽培
果樹としては、イチジクを栽培しています。
果肉がやわらかく、とても繊細なため、長距離輸送には不向きで、
収穫から販売までの一つひとつの工程に、細やかな気配りと丁寧な手作業が欠かせません。
その特性ゆえ、出荷の中心は伊那市内での販売。
新鮮なうちに、いちばん美味しい状態で手に取っていただきたいという思いからです。
ただ、ご希望をいただいた一部のお客様には、状態を見ながら遠方への発送も対応しています。
年間では、およそ1,000ケースを出荷しています。
日照や気温、土の状態に耳を澄ませながら育てたイチジクは、
地域の風土そのものを映すような、やさしい甘みと香りをまとっています。
「地元の恵みを、地元で味わう」。
そんな循環の中で、イチジクづくりは私にとって、
自然と人とのつながりを育む大切な営みのひとつです。

稲作

稲作にも取り組んでおり、現在は約70アールの水田で米を育てています。
稲は、季節の移ろいをもっとも繊細に感じさせてくれる作物のひとつです。
田に水を張る春、風にそよぐ青々とした夏の稲、
実りの重みで穂が垂れる秋──
そのすべての風景に、命の営みと自然の力を教えられます。
農作業の中でも、稲作はとりわけ地域とのつながりを感じる営みです。
水路の管理や用水の調整、周囲の田との協力など、
ひとりではなく、“地域全体で支えあう”農であることを実感します。
収穫したお米は、日々の食卓にあたりまえのように並びますが、
その一粒一粒には、天候や土、手間ひまのすべてが詰まっています。
手間がかかる分だけ、喜びも大きい──
稲作は、そんな農業の原点のような存在です。