市長選挙への挑戦と市民の声
私は、今、来年の市長選挙に立候補すると表明し、あちこちでミニ集会を開催したり、さまざまなグループにお邪魔し、意見交換をさせていただいています。候補予定者として地域の皆さんのお話をお聞きし、さまざまな励ましのお言葉とともに要望も伺っています。
こちらで主催し集まってもらう場合も、こちらから出向く場合も、そのほとんどが私を肯定的に受け入れてくれている方々で、私に批判的な人は来ないわけです。すると、私を否定する人も来ないわけで、そこで出される意見もおのずとそれに合ったものになるのです。
これが続くと、市民の意見を聞いたとしても、自分の意見や考えが正しいと思い込んでしまったり、それが世論の大多数であるとみなしてしまう恐れがあるわけです。
多様な意見が存在するという前提
しかし実際には、世の中そんなに単純な構成にはなっておらず、真逆の意見が出てきたり、どっちつかずの意見が多かったりと、さまざまな考えがあるわけです。
そのため、意識しておかなければならないのは、自分の考えが正しいと思い込むのではなく、自分の持っている考えは多様な見方の一つに過ぎないと認識することだと言えます。
SNSやメディアとの向き合い方
このように意識することは、議員なり首長なり誰でもが持つべきことではありますが、そうした政治家と言われる人だけでなく、多くの人が意識すべきことでもあるのです。
SNSでは、自分の意見と同じような、自分が同調できる意見ばかりを見るようになりがちで、あたかもすべての世論が同じ方向を向いていると思い込んでしまいます。
また、SNSだけでなく、メディアの報道番組やワイドショーにおいても同様で、そこで出されたコメントが、すべての国民の代弁者であるかのような口ぶりで語られることがあります。しかし実際には、そのような固定的な意見だけではないのです。
それを理解しておかないと、「周りは皆同じ考えだから、すべてがそうなのだろう」と思い込んでしまい、世間とのずれが生じてくることもあるわけです。
同じことだけでなく、異なった考えもあるのだということを意識しながら、市民それぞれの立場での務めを果たしていかなければならないと、肝に銘じておく必要があります。


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