政治とSNSについて

SNSが広げた政治との接点

先の衆院選では、ネットやSNSの活用が求められ、話題になりました。
そこで、現状のSNSについて、まず考えてみたいと思います。

元々SNSは、自分の考えを表したり、他者の意見を聞いたり、議論を行うことで意見交換をする場として期待されていたと思います。しかし、現状は、自分の感情をその場にぶつけ、批判や共感が求められる場と化していると言えます。

しかも、きちんと自分の感情を整理するわけでもなく、短文での投稿や断片的な動画の中から世論が形成されることがあり、間違った方向に進みやすい環境にあるとも言えます。

刺激的な言葉が世論を動かす危うさ

では、そうした危険性を孕んでいるSNSにばかり世論や社会の答えを求めすぎたらどうなるでしょう。

事実、そうした傾向は世論形成にもみられますし、極端で刺激的な表現や発言が思わぬ方向に世論を導いてしまうこともあり得ます。そうした刺激的な表現を求める社会になれば、自制を求めたり、謙虚で洞察的な意見が抹殺され、社会が必ずしも望ましい方向に向かうとは限らず、むしろ憂慮すべき方向に進む可能性が高いと言えるでしょう。

選挙においても、刺激的な政策や奇抜な取り組みが受けるからと、現実性のない、あるいは極端な公約が出てくる可能性も高くなります。

有権者に受けようと、目立とうとする公約、しかも多方面にわたる行政分野の中で、争点がないからと一点だけの目玉公約だけを示し、後は特段関心がないような内容であるならば、それはあまりにも有権者や住民に対して身勝手なものと言わざるを得ません。

本当に必要な政治の姿とは

そうした公約は、まさにSNS的な発想のものであり、本当に住民のこと、将来のことを考えた政治を行えるとは思えないのです。

一つひとつ丁寧に公約を示し、それを着実に進めていくことこそが、本当に必要な政治なのではないかと思います。

SNSは、政治を身近に感じてもらうための導入としては有効かもしれませんが、それが大手を振ってメインストリートを闊歩するには、まだSNSは幼すぎると言えます。政治の基本をSNSに頼るのではなく、住民との対話の中から見いだしていくことが必要であり、言われたことをすべて実現することや、住民の思いをかなえることだけが政治ではないのです。住民の暮らしを豊かにし、将来に希望を持てる社会にすることが政治と言えます。

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